笑顔の連鎖 (再掲載作品)



繁華街の中でも落ち着いた通りに面したとある店
ココはこの繁華街でも密かに人気がある店だった


「マスター!こっちのお客様にコーヒー2つねー」
明るい声がそう広くない店内に響く
「ミキちゃんーこっちも注文ー」
「はいよー」
忙しなく店内を行き来するミキに客も気軽に接している
この店に来る客は常連客が多いためすぐに顔なじみになってしまったようだ
「マスター、コレ追加ねー」
注文を聞いて追加を書いた紙を順に並べていく
「コーヒー2つだ」
入れ終わったコーヒーをミキに渡し注文の入った料理の作業に取り掛かる
普段は一人で全てをこなしているがやはり手伝いがあるのと無いのとではスピードが変わってくる
「ミキちゃーん、最近どーよ?」
「え?最近ですか?どーよって何が聞きたいのか分かんないんですけど」
ケラケラ笑うミキに他の常連客も「そらそーだ」と相槌を打ちながら笑っている
ミキがココに来るようになってから店が明るくなったとしみじみ思う


ミキは春頃突然姿を現した
ウリをしているらしい
最初この店に来た頃はたまたま目に付いたこの店にふらりと立ち寄っただけだったようだ
あの時の事は、この店に来る客にしては若すぎるので今でもよく覚えている
余程のことがあったのだろうか?一言で言えば、目に輝きがなかった
何かを喪失したのか、それとも・・・
珍しく客のことが気になった
だからだろう。思わず声を掛けてしまったのだ
「何があったかは知らないが、ココでそんな目をしていると襲われるぞ」
そう言った後、俯いていた顔を上げたミキの顔はやはり何も映していなかった
ただ、声に反応したのか?そう思うような反応
「深く聞くつもりはないけどな、けど、一人で抱え込むには大きすぎるようなら誰かに話してしまうのも一つの手段じゃないか?たまたまココにいるのは誰とも知らない小さな店を営む男が一人だ」
「・・・・・・」
黙ってコチラを見るミキにコーヒーカップを差し出した
「とりあえず、それでも飲んで落ち着きな」
ミキはコーヒーカップと俺を見比べて、暫く迷った様子だったがコーヒーを手に取った
静かにカップに口をつける
「・・・おいしい」
コーヒーカップには砂糖は入れていないがミルクをたっぷり入れたカフェオレが入っている
「そうか。それはよかった。常連客にもうちのコーヒーは人気でね」
「香りもいいし、下手に高級店を謳っている店より断然おいしいよ」
まさかコーヒーをこんなに褒められるとは思わなかったので意外そうにミキを見た
まだ瞳に輝きは戻っていなかったが少し落ち着いたのか表情は先ほどに比べればよくなったように思う
「ねぇ、聞いてもいい?」
まさか話してくるとは思わなかったがその驚きを表に出すことなく
「なんだ?」
と聞き返した
「おじさんは何でこんな場所で店を開いてるの?」
さっきから予想外なことばかりだ。
しかし、更にこの客に興味を持った
「この場所が一番面白いからさ」
「面白い・・・?」
「あぁ、そうだろう?この場所に暴れに来ている者も騒ぎに来ている者もココにいれば全てが見える。これ以上ない特等席だと思わないか?」
「さぁ?」
特等席だろう?と言われてもココに初めて訪れた者にとっては分かるわけがないか
「分からないならココに居れば分かるさ。この街がどういう場所かはな。ココはお前のようなヤツがいーっぱい居る場所だ」
お前のような何かを求めながらも求めることを諦めてしまったヤツも多くいる
「お前は何でココに来た?」
聞き返してみた。
ココで何を望んでいるのかと、求めているのかと聞き返した
「俺は・・・暇つぶし。時間さえ過ぎればそれでいい」
「それだけじゃねぇだろ?本当に時間だけが過ぎるのを待つのならば家に閉じこもってたっていいだろ?何でココを、この街へとくることを望んだんだ?」
暫く間があいて
「・・・知らない。」
ポツリと小さな声で返ってきた
「しゃあねぇな。それは教えてやるよ」
カウンターから腕を伸ばしミキの髪を撫でる
「お前は寂しかったんだよ。誰かに傍に居て欲しいんだろ?誰でもいいから話を聞いて欲しかったんだろ?」
そう言うとミキは俯き気味だった顔を完全に真下へと向けてしまった
その様子に軽く苦笑を浮かべながら
「お前は知らずにいい場所に足を運んだな。寂しいならココへ来い。俺がお前の話を聞いてやる。俺だけじゃねぇ。そのうち多くのヤツがお前と話たくて寄って来るようになるよ」
なんたって、この店にはコイツのような若い客はあまり来ないからな
誰もが珍しさから声を掛けずには居られないだろう
ミキの頭を撫でていた手を引っ込めて
「で、お前は何が食いたいんだ?何でも作ってやるよ」
そう言うと少し間を置いてからおずおずとミキは顔を上げて
「サンドウィッチ」
「具は何がいい?」
「卵とハム」
「了解」
手早く卵を火に掛けてパンを切る
少し時間は掛かったが出来上がったサンドウィッチをミキの前に出した
「サンドウィッチだ」
「いただきます」
行儀よく手を合わせてサンドウィッチを手でつかむ
この礼儀知らずが多い街に来る者にしては意外だと感心した
それと同時に、本来ならこのような場に足を踏み入れるような人間ではなかったのだと感じた
何があったのかなど分からない。だが、勿体無い
一度や二度の挫折で心挫けてしまっているのなら、まだやり直せることを教えてやりたい
そう思ってしまった
「本当、俺らしくねぇな」
ミキに聞こえないくらい小さい声で呟く
自嘲のため息と共に吐き出された言葉は幸いミキにまでは届いていないようだ
「あの・・・御代」
「あぁ、いいよ。今日は俺が奢ってやる。その代わり、また来いよ。俺の話し相手に付き合いな」
「え、でも・・・」
「いいって言ってんだろ?俺がもっとお前と話したくなったんだ」
貸しにしといたらまたお前来るだろ?と言葉にはせず笑い掛ける
「・・・なんで?何で俺の話聞くとか・・・言うの?」
「俺が聞きてぇからだ。もっと、お前のことを知りたいからだ。だから、まずは俺のことを知って貰おうと思ってな?」
「・・・変なヤツ」
おい、聞き捨てならないな?
大体そういうことを本人を目の前にして言うか?
「でも、とても優しい人だね」
真顔でそういわれるほど照れるものは無い
「・・・そうでもねぇよ」
「ご馳走様。また・・・来るね?」
そう言って店を出て行った
コレがミキの初来店


それから日を空けず訪れたミキとの会話で様々なことが分かった
あの日、初めてこの街に訪れたこと
流されて初めてウリをしたこと
家族のこと
ミキ自身の過去のこと
そして、今後のこと
思った以上にミキの小さな体に沢山の問題を抱えていた


コイツの問題全てから救えるなんて大げさなことは考えていない
けど、弱っている今、ミキの傍でコーヒーを入れて話を聞いてやることくらいはできる


「マスター!料理まだー?お客さん待ってるよー?」
「あ?ちょっと待たせとけ。もう少しだ」
「もぉー!マスター常連客だからってー!いくら常連客でもサービス悪いと帰っちゃうかもよ?」
そういうミキに「そーだそーだ」と笑い声に紛れて抗議の声が上がる


まったく。店に来た当初では考えられないくらい明るくなった
それは俺だけでなくあいつに関わったこの街の仲間達のおかげだろう
コイツは笑っている方が似合っている
「おい、ミキ!さっさと運べ」
店を手伝うミキに出来上がった料理を渡す
「はいはーい!お待たせー」
ミキの笑顔はこの店にくる常連客も笑顔にさせる
笑顔の連鎖


この未来<さき>、この輪が続きますように





(拍手掲載 : 2009.06.15)
マスターとの出会い
マスターは良き理解者であり、ミキにとって圭介同様頼れる位置に居る者です
今回、話的に入れられなかった話はまた別の話で書けたらいいなーと思います。

(再掲載 : 2009.11.15)


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