ないものねだり[後編]

「っ!・・・おいっ!大丈夫か?」
声で目が覚める
軽く気を失っていたのだろう
ゆっくりと目を開けると知らない男が居た
「よかった。怪我・・・酷く痛むか?」
「分からない」
ゆっくりと体を起こそうとするとズキンと痛む場所がある
ゆっくりと痛む場所を確認していくと体中に傷ができていた
あの後暴行でも受けたのかもしれない
「結構酷そうだな」
それでも自業自得。こんなことが頻繁に無かっただけ救いだろう
「貴方は?」
そこで自分以外の知らない人へと意識が向いた
自分が裸だということを思い出し慌ててシーツでも掛けようかと探したが既に体に布が掛かっている
自分で掛けた覚えはないからきっと誰かが掛けてくれたのだろう
「俺は・・・ケイ。お前は?」
「ミキ」
短く名前だけ返す。
「そう、ミキはよくこういうことしてるの?」
よく分からなくて首を傾げる
「身売りのこと?」
「そう」
「そうだね。たまに来るかな」
そういうとパンッと平手で頬を叩かれた
突然のことで驚く
「最低だな」
またも『最低』だと言われる。
「自分の体をそう簡単に明け渡して、それでお金貰って何が良いんだよ?お前は好きでもない奴とそうやって楽しいのか?」
「別にお金が欲しいわけじゃないよ」
「なら何故こんなことしてるんだよ!!」
「暇つぶし。それだけだよ」
体をまたベッドに倒してそう言った
何もしていない時間は過ぎるのが遅い。ただ、じっと待つだけなんて暇すぎる
だから、気を紛らわせる。それだけが俺がココでこんなことをする理由
「・・・ハッ、まっさか優等生がこんな場所で身売りなんてね。よく聞く話とは言え笑えるよ」
優等生?残念ながら俺とは無縁の言葉に眉を顰める
「しかも、理由が暇つぶし?バカバカしい。だったら勉強でもしてろってね。あぁ、勉強のしすぎでたまには発散ってことか」
「何のこと?悪いけど、俺はユートーセーなんかじゃないよ。バカだもん」
勉強なんてできないし
「そうだよな。こんなことやるなんてバカだよ。勉強はできてもその他が駄目じゃ意味ないよな?」
「だーかーら!俺は勉強もできないバカなの。誰かと勘違いしてんじゃねーの?自慢じゃないけど、俺の中学の成績で主要教科の中で3以上が付いたのは3年だけだよ」
田舎の学校での相対評価。人数の少ない中で取る評価方法じゃないだろうといつも思う。隣町の学校は絶対評価だったのに!
「は?何言ってんだよ。お前ほぼオール5だっただろ?」
本当に誰と勘違いしているんだか。そんな夢のような通知表は見たことがない
「お前、本当に誰と勘違いしてるの?そんなに詳しい奴ってことは身近な奴なんだろうけど、俺こっちに来たの1ヶ月前だから俺の中学の成績なんて知らないだろ?」
「一ヶ月前・・・?」
「そう。初めてこの地に来たのは3月26日。まぁ、記憶にないくらい幼い頃にもしかしたらこの地に居たかもしれないけどね。記憶がある限りでは1ヶ月前が初めてなの!」
「お前・・・高里楓じゃなかったのか・・・」
小さく呟かれた名前に納得する
なんだ。そういうことか・・・と
納得したら笑いがこみ上げてきた。バカバカしい
「くっ、アハハッ」
ばっかみたい!何で気づかなかったんだろう。
アイツはココでずっと過ごしてきたのだからアイツのことを言ってるんだって、何でその可能性に気づかなかったんだろうか
「ちょ、おい、どうしたんだよっ!大丈夫か?」
突然笑い始めた俺に慌てたように声を掛けてくる
しかし、笑いは収まらない
だって、笑えるじゃない。この顔で何かしたらすぐに名前が浮かぶのは俺じゃなくてアイツの名前。俺はまだ1ヶ月しかココに居ないし、人との関わりもないから当然と言えば当然だけど
何かしたら被害を被るのは全て楓なのだ
家が嫌で、息苦しくて家を出たのに。なのに外に出ても嫌でも付きまとう楓の影
別にあの人たちがどうなったってどうでもいい。


なんて、割り切れるほど俺は無情になりきれなかった
寝返りを打って枕に顔を沈める


何で、ココに来てしまったんだろう。
俺は何もできない。
また、何もすることができない
ただ時間が過ぎるのを待つことしかできない
何でココに居るんだろう?
何で・・・俺から自由を奪うの?
ポロポロと零れる涙を枕に押し付けて誤魔化す
「えーっと、その・・・」
オロオロと心配そうに俺の様子をうかがうケイに顔を上げることなく
「俺はそいつじゃないよ。言ったじゃない。俺はミキだって」
名前を覚えてくれなんていわない。でも、間違えないで。俺と楓を間違えないで
俺がどうなろうとそれは俺の人生なんだからどうでもいい。でも、他人を巻き込まないで
迷惑を掛けたいわけじゃないんだ


「本当に違うんだな?」
「そう言ってるじゃない。俺は1ヶ月前にココに来たんだって」
「じゃあ、何で高里の名前に反応した?何で、高里に似ているんだ?」
「だって、一卵性の双子だもん」
ハッと息を呑む音が聞こえる
驚いているんだろうと分かる。
そりゃ、そうだよね。楓の成績まで知っているんだから、親しい中なのかもしれない。
それに、学校だって同じなのかもしれない・・・アレ?同じ学校?
ふと気づき、目線をケイの顔に向ける
今まで考えもしなかったけど、気づいてしまった。最悪な状況なんだと。
そして、諦めた。流れに任せて自暴自棄になるのは自分の悪い部分でもあるけど、今更変えることのできない性格でもある
「ビックリした?」
「・・・あぁ、まさか、あいつが双子だなんて思わなかったから・・・それにしても凄く似てるな」
「本当にね。初めて会った時はドッペルゲンガーかと思ったよ」
クスクスと笑いを零す
別におかしいわけじゃない。ただ、暗い雰囲気にしたくなかっただけ
「ねぇ、聞いてもいい?」
「何だよ」
「ケイは何でココにいるの?」
最初に聞きたかったけど、聞き逃したこと
「・・・ココで騒動があったって聞いたんだよ。そして、この界隈でウリやってる奴が巻き込まれたってな。今回の奴らはこの辺でも要注意人物でさ、そんな奴らに絡まれたんだったらそいつも酷いことになってるかもしれないって話になって来たんだけど、乗り込んだときにはもう遅かった・・・」
「そうだったんだ」
「まぁ、これに懲りたらもうやめろよ。こんなこと」
「どうかな?」
やめることができるだろうか?
今以上に良い暇つぶしなんてないから分からない
「何でそんなに自虐的なんだよ。こんなことしてる理由が暇つぶしなんだろ?だったら違うことで暇を潰せよ。わざわざこんなことをする必要は無いはずだって」
「ごめん。お前と違って俺はバカだからどんなことをしたらいいのか分からないんだよ。今以上に時間を忘れられて、そして深くのめりこまないような何かって何?」
あっさり割り切れる暇つぶし。思いつかないんだ
「のめりこまない暇つぶしって・・・別に映画見たりとか遊びに出かけたりとか勉強したりとかで良いんじゃないの?」
「映画はもう見飽きた。勉強も飽きた。遊びに出かけたらこうなった。その次は?」
更に意見を求めると唸り声が返ってくる
「あと3年は毎日時間を潰さないといけないんだけど、この期間以上、引きずることなく楽しめる何か・・・知らない?」
「思った以上に深いんだな・・・お前がココにいる理由って」
「別に。あっさりしてるでしょう?のめりこむ理由もないことをして暇を潰しているだけだもん」
こんな身売りなんて自分の汚点にはなるかもしれないけど、いつでもやめられる
「趣味とか、好きなこと・・・無いのかよ?」
「ない」
全部過去に捨てた
「じゃあ、作れよ」
「思いつかない」
あっさり切り捨てるとケイが困ったようにため息をつく
「結局は自分と向き合うことを逃げてるだけじゃん。とにかく!男相手に身を売るのはよくないぜ?違うことを考えよう?な?」
「ケイは何でココにいるの?」
再度問いかける。何でこの繁華街に顔を出すのか
そういう意味合いで聞いてみた
「俺は・・・きっと、一人が寂しいから誰かを求めてココに来たんだろうな」
少しビックリした。まさかそんな理由だなんて思わなかったから
「寂しいからココにきて・・・何してるの?」
「色々。ココにいる奴らと話したり、喧嘩したりとか・・・かな」
「喧嘩・・・か。痛そう」
「お前がやってる行為ほど痛くはないし、本気で殴ることなんて滅多にないよ」
「別に痛くないよ」
「痛いだろ。無理するなよ。心も体も悲鳴を上げてるくせに」
「痛くなんかない・・・」
痛いという感覚なんてもうとっくに忘れてしまった。
「じゃあ、何で泣いてるんだよ」
「えっ・・・」
気づくとボロボロと涙が止まらず流れ落ちる
さっきからずっと泣いていたのだろうか?
「痛いくせに強がって。そうすることしかできなかったんだろ?」
ケイの手が俺の首の後ろに回り、グッと力が込められて引き起こされ、そのまま抱きしめられた
「俺ができるだけお前の時間を潰してやるよ。いつもは無理だけど。できるだけ、傍に居て暇を持て余してまたこんなことしないようにしてやるよ」
「な・・・なんで・・・」
「お前がココに来る理由を暇つぶしと言ったように、俺も暇つぶしに来てたんだって気づいたんだよ。だったら、暇を持て余す同士、一緒に暇を潰したっていいだろ?それに、喧嘩だってお前のやってることとそう変わらないなって思うしさ」
誰かを痛めつけるか、痛めつけられるかの違い。
「そんなこと言ったら・・・俺、お前から離れられなくなる・・・」
「いいよ。俺が提案したんだし。けど、本当に悪いけど俺は毎日ココに来てるわけじゃないんだ」
申し訳なさそうな声でそういうケイに首を振る
「別にいい・・・でも、ケイは本当にいいの?俺とそんなに関わって」
「俺が関わりたいんだよ。これから宜しくな。ミキ」
「・・・ありがとう」
ココに来て初めてできた友達
学校でも友達を作るチャンスは沢山あったけど、どうしても馴れ合う気になれなかった。
何かあると離れてしまう友達なんて要らない。
そう思ってきたから・・・

でも
こんな自分でもいいと言ってくれたケイには感謝してる

「圭介・・・」
「え?」
「圭介って呼んでいい?」
ビックリしているケイに向かって笑う
イタズラが見つかった子供のようにチロッと舌を出して
「俺、一応ケイと同じクラスメートなんだけど?」
「・・・えぇっ?!マジで?!」
きっとこの時の驚いた顔はずっと忘れない


欠けているものを求めて集う者たちがいる
でも、補いあうことができる者たちもいる

「美希也!お前また!!」
「だって、圭介が居なかったしー」
「俺が居る、居ないの問題じゃないだろ?俺が居なくてもマスターがいるし、タキだっているはずだ!」
「うーん・・・何でかなー?」
「誤魔化すな!そして、ココに正座!」
くどくどと説教をする圭介に正座で謝るのが最近の光景

圭介の言うことは分かる。
でも続けるこの行為。何で続けるのか・・・?そんなの分かってたら教えて欲しい
俺に足らないものがそこにあるからだろうか?


「ミキ!聞いてるのか?とにかく!危ないんだからな!もうやめるんだぞ!!」
・・・圭介の説教はまだまだ続くようだ。


END




長い番外編ですが圭介と美希也の出会いでした
彼らの絆は誰よりも深く強いです。
(2009.5.31)[掲載:(前編)2009.11.1/(後編)2009.11.8]

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