[03] 過去 (side 那智)

千紘とまともに話すようになった日もこんな風に天気の良い日だった

俺たちは同じ事で悩み、無いものねだりをして馬鹿馬鹿しくも喧嘩していたのだ

こんなに近くにいたのに。

お互い理解しようなんて努力をしなかった。

それほど余裕がなかったのだ。

その結果、中学に上がる前にはお互い顔を合わせてもシカトをし続けた



けど、中2の秋のある日、部活の帰り道で偶然前方を千紘が歩いていた

俺は友達と一緒に帰っていたのだが相手は一人。

彼の背中を見てなんだかいつも強そうに見えた千紘の背中がその日はなんだか弱々しく見えたのだ

だが、友達にはそんな風に見えなかったらしい。

「那智、前を歩いてるのって・・・もしかしなくても浜沢か?」

「ん?そうだけど」

「マジかよ?!ちょ、ちょっと速度緩めようぜ・・・」

「何でだよ?」

別にこの距離で追いつくわけでも無いし、もし追いついたとしても関係はないはずだ

「だって、あの浜沢だぜ?噂、知ってるだろ?お前だって」

そりゃ・・・あまり良くない噂は多少耳に入ってるけど、だからってそこまで警戒するような話ではないだろう

「噂は噂だって。本当かどうかも分からないだろ?」

そう言うが相手は速度を落としゆっくりと歩き始める

コチラの会話が聞こえたのか千紘も足早に遠ざかっていく

「あ・・・もしかして聞こえちゃったとか?どうしよう・・・」

青褪める友達を見ながらため息をつく

「もうどうしようもないじゃん。謝りに行く?」

そう尋ねると勢い良く首を横に振る

そんな彼を見ながら、気が重くなる

俺にどうして欲しいのか全くわからない。



結局そのまま友達とは別れてマンションの中へと入る

すると、丁度エレベータを待つ千紘と鉢合わせてしまった

空気が重い

階段で上がろうかとも考えたが部活帰りでただでさえ体が重いのに更に階段なんかを上がる気力は無かった



「あのさ、さっきの・・・聞こえてただろ」

返事は無い

別にそれでもいいから言っておきたいことがあった

「一緒に居た奴が気にしてたから・・・聞こえてたならゴメン」

それだけ言ってまた黙る

ようやくエレベータが上から下りてきた

千紘がそれに乗る。しかし、俺はそれに乗る気は無かった

「乗れよ」

短く一言そう言ってくる

「いや、いいよ。次を待つ」

これ以上重い空気に耐えたくはなかった

エレベータを待つと言っても長くて3分程だ

待てない時間じゃない

しかし、千紘が苛立ったように舌打ちをして俺の腕を引いてエレベータの中に入れると扉を閉めてしまった

「何すんだよ」

思わずつかみ掛ると呆れたようにため息をつかれた

「な、何だよ・・・」

「お前も知ってるだろ?うちのマンションのホールはそれほど安全じゃないって」

そう言えばうちのマンションの1階は何かと問題が起こっている

「それが、何か関係あるのかよ」

「お前一人ホールに残してその間に刺されたとか事件が起こったら困るってだけだ」

後味悪いだろ?俺が

と、続くだろう言葉を彼は言わなかったがしっかりと聞こえた気がした

「あぁ・・・そう。つかみ掛かって悪かった」

パッと手を離して背を壁につける

あと数階上がれば自分達の部屋につく

この数階の時間がいつもよりも長く感じた。



あと1階・・・と、言うところでエレベータが突然止まった

「な、何が起こったんだ?!」

とりあえず非常ベルを押して助けを求める

「恐らく隣のエレベータで何かあったか誤作動だろうな。落ちなければ問題は無い」

淡々とそう言う千紘に

「何でそんなに落ち着いていられるんだよ!!」

と、怒鳴る。

怒りやすいのが自分の短所だと自覚はあるが、こんな非常時に冷静で居られることは信じられなかった。

「今俺たちには何もする事はできないだろ?だったらむやみに騒ぐよりも大人しくしておいた方がいいに決まっている」

「それは・・・そうかもしれないけど」

誰かが助けてくれるとは限らないと思う

ふとそこで携帯電話の存在を思い出した

「こう言う場合って、電話するなら警察かな?それとも救急?」

「どっちだろうな・・・とりあえず、非常ベルを押した時点で警察には連絡が行ってるだろうな」

「あ、そうか・・・」

ずるずると壁にそってそのまましゃがみこんだ

本当に自分にできることは無かったのかもしれないと感じたのだ

ただ、待つだけ。一刻も早く千紘とは離れたかったのに、離れる事ができない事が苦痛に感じてくる。



「那智」

名を呼ばれて相手を見上げる

そう言えば久々に名前を呼ばれた気がした。もう忘れてるかと思ったのに

「何?」

「無理にエレベータに乗せて・・・ゴメンな」

こうなった事に対して多少罪悪を感じているのだろうか?

「別に俺は気にしてないからいいよ」

スッと視線を落としてそう返す

お互い会えば喧嘩ばかりで素直に謝るなんて事はしたことがなかったのでかなり珍しかった

その喧嘩の内容も今考えればくだらない話ばかりだ

「・・・久々だよね。喧嘩じゃなくてまともに話すなんて」

そう言って千紘を見上げる

「そうだな」

短い言葉で会話が終わってしまう。

どうせ話題が無いし、無理に話をする必要などもないからいいけどさ・・・

しかし、少し寂しく感じる

あとどのくらいしたら助けが来るのだろう?

まだ電気が通っているだけマシだと思う。これで完全に暗闇だったら恐怖に耐えられなかっただろう。

あと、自分以外の人が居ることも恐怖を和らげていると思う

どんなに嫌いなやつでも居るのと居ないのとでは安心度がやっぱり違う

自分一人だとやっぱりパニックを起こしてむやみやたらに騒いでいたと思う

エレベータ内に付けられている大きな鏡を見ながらぼんやりとしているといつの間にかうとうとと眠ってしまっていた




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