「那智?」
声を掛けても返事はない。
完全に眠ってしまったのだろう
「昼寝ってガキじゃねぇんだから・・・」
そういいながらも風邪を引くと困るだろうと自分の上着を掛けてやる
那智の寝顔を見て中2の時のエレベータの中での事を思い出した
「本当にお前は昔から変わらないよな・・・」
そっと那智の唇に口付ける
あの時・・・エレベータの中でした時と同じように
長い沈黙の後聞こえてきた寝息に俺は眉を顰めた
こんな状況で眠れるコイツが理解できなかった
「那智?」
声を掛けても返事がない
器用に座って眠る那智にまだ残暑を残すこの時期に冷房が入っているこのエレベータの中で眠るには少し肌寒いだろうと思い自分の着ていた冬用の上着を掛けてやる
教室内での冷房対策に持っていっていたものをこんな所で活用するとは思ってもみなかったが、たまには役に立たなければ持ち歩いている意味がない
そっと那智に上着を掛けて那智の寝顔を覗きこんだ時、無性にその唇を奪ってしまいたい衝動に駆られてしまった
そんな事を考える自分がおかしい事は重々承知しているが、那智に対してだけは昔からおかしい自分がいるのも事実だった。
そんな事からあまり迷う事無く口付ける
キスをした後で虚しい気分になってしまった
「何やってるんだか・・・」
声に出して言ってみるが一向に心は晴れない
今日の自分は普段ではやらないような事ばかりやっている。
こんな自分に多少の嫌悪を感じた
普段なら別に那智と鉢合わせても彼を置いてさっさと帰っていただろう
それを今日は自分から那智をエレベータに引きずり込んだ
そして、こんな非常時に巻き込んだ事を謝ったのだ。いつも何かあってもお互い謝る事をしなかったのに・・・
けれど、今日の場合は先に那智の謝罪があったからこそ言えたのだと思う
彼と一緒にいた友達が俺の噂を聞いたのだろう、畏怖して鉢合わせないようにとしていた。それが普通の行動だろう。
俺についての噂が数多く出回っている事は知っていたし、その半分くらいは事実だから否定する気はなかった。
けれど、その話を那智としている事が許せなかった・・・聞きたくなかったのだ
初めて噂に関して否定したいと思ったのだ
けど、那智は噂は噂だからと信じている様子は無かった。それを聞いた瞬間、すぐにその場を離れたいと思った。その半分は嘘でも半分は事実なのだ
それを彼には知られたくないと思った。だから・・・逃げたのだ
しかし、エレベータを待っている間に那智は追いついてしまった
当然さっきの噂について振られるものだと思っていたらその話には一切触れてこなかった。
「ん・・・」
那智が動く。今まで寝ていた体勢が辛くなったのだろう、より寝やすい体勢を求めてもぞもぞと動くのを見ながらため息をついた
今にもパニックを起こしかけていたのが今ではこんなに安心しきって眠ってしまっているのだから、呆れを通り越して尊敬の意に値する
しかし、俺も那智がいなかったらあそこまで落ち着いて対応できたとは思えなかった
コイツにだけは弱いところを見せたくない。
那智も俺には弱いところを見せたくないと思っているものだと思っていた。
しかし、こんな風に無防備に眠る那智を見ると自分の思っていたことが本当に那智もそう思っていたことなのか自信がなくなってきた
じっと那智を眺める
しかし、答えなど返ってくるはずも無い
けど、もう少しこのまま居たいと思った
結局救助が来ても那智は起きる気配を見せなかった
丁度、那智の家族が出掛けていた事もあって俺の家に連れて行く
案の定、母はかなり驚いていたがすぐに俺の部屋のベッドに寝かせて再度呼びかけてみるが完全に熟睡している那智は起きるわけがなかった
コイツが熟睡したらなかなか起きないところは幼稚園時代から変わらない
「けど、ビックリしたわ〜、あんたが那智くんを連れて帰ってくるなんて」
小学校に上がってからずっと喧嘩しかしてこなかったあんた達がねぇ〜としみじみ言う母に
「エレベータで偶然一緒になって巻き込まれただけ」
とだけ言ってすぐに親を部屋から追い払う
「那智くんの分も夕食作っておくからね」
最後にそう言ってパタンと扉が閉まる
結局エレベータが止まった原因は隣のエレベータで子供が数人でジャンプして遊びでエレベータを止めたらしい。こちらのエレベータにまで被害が及んでいるとは思っていなかったらしく救助は遅くなったがそのおかげで那智と一緒にいる時間が長くなったのも事実だ
昔は那智と一緒にいる友達が羨ましかった。その感情にストレートに自分は動きすぎて結局は那智と喧嘩を続ける羽目になってしまったのだ
けど、今は・・・
時には素直に言葉をぶつけないといけないと思う。
久々に話して気付いてしまったから
俺はコイツが好きだったって事に